仕事中に熱中症を発症した場合、業務上の事由(業務起因性・業務遂行性)が認められれば「労災(労働災害)」として認定されます。労災と認められた場合、治療費や休業補償など、労災保険から補償を受けることができます。
仕事中に熱中症の症状が出た場合は、①速やかに作業を中断して職場の上司・会社へ報告し、②直ちに医療機関を受診して「仕事中に発症したこと」を医師に伝えて診療を受け、③必要書類を作成して労働基準監督署へ労災申請をすることが重要です。
さらに、会社側が適切な熱中症予防対策を行っていなかった場合や、体調不良の報告を受けておきながら適切な応急処置を行わずに放置していた場合などは、会社に対して「安全配慮義務違反」や「使用者責任」に基づく損害賠償(慰謝料や逸失利益など、労災保険からは給付されない損害)を請求できることがあります。
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熱中症とは
熱中症とは、高温多湿な環境下で体温調節機能が正常に働かなくなり、体内に熱がこもることで生じる各種症状(めまい、立ちくらみ、大量の発汗、頭痛、吐き気、意識障害、手足のけいれん等)の総称です。
重症化すると多器官不全を引き起こし、最悪の場合は死に至るケースや、脳障害などの重篤な後遺障害が残る危険性もあります。
死亡事故の多くでは、作業中の体調悪化に対する初期対応の遅れや救急要請の遅滞が指摘されています。建設現場や工場・倉庫作業をはじめ、屋外作業や車内移動・警備業務などあらゆる現場で予防・救護体制の徹底が強く求められています。
厚生労働省の行政指針や労働安全衛生上の基準においても、熱中症は重大な労働災害となり得る危険な健康障害として定められており、職場における適切な環境管理・作業管理・健康管理が法律上も義務付けられています。

熱中症の労災認定
仕事中や通勤中に熱中症になった場合、すべてが労災として認められるわけではありません。労働基準監督署(労基署)が労災として認定するためには、所定の基準を満たす必要があります。
業務起因性と業務遂行性
業務中の事故や疾病が労災(業務災害)として認められるための根本的な要件は、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つです。
業務遂行性
労働者が事業主の支配・管理下にある状態で災害(熱中症の発症)に遭ったことを意味します。
勤務時間中に工場や工事現場で作業を行っていた場合や、業務指示に基づく移動・営業活動中であった場合などは、基本的に業務遂行性が認められます。
業務起因性
業務(仕事)と傷病(熱中症)との間に「相当因果関係」が存在することを意味します。
熱中症の場合は、労働環境や作業内容が熱中症を引き起こす直接的な原因となったかどうかが厳密に判断されます。
厚生労働省の認定基準(「熱中症の労災認定について」など)では、熱中症が労災認定されるためには、以下の要件を総合的に判断することとしています。
① 一般的認定要件(作業環境・業務条件)
- 作業環境が、高温多湿な場所、直射日光下の屋外、または通気が悪く熱がこもりやすい室内など、熱中症を発症しやすい環境であったこと。
- 発症前に、高強度の肉体労働を行っていた、または長時間の連続作業を行っていたこと、適切な休憩や給水機会が確保されていなかったことなど、作業態様や作業時間等に関する事情があること。
② 医学的診断要件(医学的裏付け)
- 医師により「熱中症」と診断されていること。
- 作業環境の温度・湿度(WBGT値・暑さ指数など)や作業状況、体調の経過からみて、業務に起因して発症したと医学的に合理的な説明がつくこと。
- 発症の原因が、業務以外の個人的要因(日常生活上の極端な不摂生や持病等)のみによるものではないこと。
熱中症が労災認定される事例
次のような環境・状況下で発症した熱中症は、業務遂行性および業務起因性が認められ、労災認定される可能性が高くなります。
① 炎天下の屋外現場作業
夏季の真夏日に、直射日光の当たる屋外で建設作業、土木工事、農作業、警備業務などを数時間にわたり継続して行っていたような場合です。
② 高温多湿な屋内作業
風通しが悪く、冷房やスポットクーラー等が設置されていない工場、倉庫、厨房、ボイラー室などの高温多湿な屋内で作業に従事していたような場合です。
③ 過酷な身体的負荷・保護具の着用
気密性の高い不浸透性保護服や重装備の防護具を着用して作業を行っていた場合や、十分な休憩・水分補給の機会を与えられずに連続して激しい肉体労働(重い資材の運搬等)を行っていたような場合です。
④ 業務命令に基づく移動・営業活動
猛暑の中、業務指示により徒歩や自転車等で長時間の外回り営業や配達を行っていたような場合です。
熱中症が労災認定されない事例
一方で、次のような場合には「業務と発症との間に相当因果関係がない」ため労災認定されないことが多いです。
① 私生活上の原因が主たる要因である場合
業務環境自体は適温・適湿に管理されていたにもかかわらず、前日の極端な深酒・徹夜など私生活上の過度な不摂生や脱水症状が直接の原因となって発症したことが明確な場合などです。
② 業務開始直後かつ環境負荷がない場合
涼しい室内環境で出社後わずか数分で発症するなど、業務上の暑熱暴露や身体的負荷が客観的に存在しない場合などです。
③ 持病や他の疾患が原因である場合
検査の結果、症状の直接的な原因が熱中症ではなく、持病(脳出血、心筋梗塞、てんかん発作、感染症など)の発症や増悪によるものであると医学的に特定された場合などです。
ただし、「前日に少し睡眠不足だった」「持病があった」というだけで直ちに労災から除外されるわけではありません。業務上の環境負荷が主たる原因(または悪化の原因)と認められれば労災の対象となることがあります。
熱中症で労災認定されるための申請方法
仕事中に熱中症の症状が現れた場合、速やかに適切な手続きを進めることが大切です。具体的な申請手順は次のとおりです。
会社に報告
熱中症の疑いが生じた場合、まず作業を直ちに中止し、周囲の同僚や上司、安全管理者などに状況を報告します。
また、後日の労災申請や事実関係の確認(発症日、発症時刻、作業内容、作業環境など)をスムーズに行うため、「いつ・どこで・どのような作業中」に「どのような症状」が出たのか、記録をメモや写真で残しておくことをおすすめします。
診察
直ちに医療機関を受診しましょう。その際、窓口で「仕事中(または通勤中)に熱中症になった」と明確に伝えましょう。
労災保険を適用して治療を受ける場合、原則として健康保険証は使用しません。医療機関には「労災申請予定である」ことを伝えて受診します。
労働基準監督署への申請手続き
労災の各種給付を受けるためには、所轄の労働基準監督署長に請求書を提出します。
万が一、会社が証明や協力を拒否したりする場合でも、労基署へその旨を説明する書面(理由書)などを添えて直接申請することができます。
熱中症が労災認定された場合の補償内容と金額
労災として認められた場合、労働者やその遺族は、次のような補償を受けることができます。
療養補償給付
熱中症の治療にかかった医療費、薬剤費、処置費、看護料、移送費(救急車以外の搬送費用等が必要となった場合)などが給付されます。
休業補償給付
熱中症療養のために休業し、賃金を受け取れない場合に給付されます。
熱中症の療養のため労働することができず、賃金を受けない日の「4日目」から支給されます。最初の3日間は「待機期間」となり、労災保険からは給付されませんが、労働基準法76条に基づき会社が休業補償を支払う義務があります。
【給付基礎日額(直近3ヶ月間の平均賃金日額)の60%(休業補償給付)+ 20%(休業特別支給金)】の合計80%が支給されます。
傷病補償年金
熱中症の療養開始後1年6ヶ月を経過した時点において、なお治癒(症状固定)しておらず、その傷病による障害の程度が傷病等級(1〜3級)に該当する場合に、その等級に応じて年金など(給付基礎日額の313〜245日分など)が支給されます。
障害補償給付
熱中症の症状自体は改善・完治(治癒)したものの、脳への酸素不足などにより重篤な高次脳機能障害や言語障害、運動障害などの後遺障害が残った場合に支給されます。
障害等級に応じて、年金(1〜7級)または一時金(8〜14級)が支給されます。たとえば、最も重度の障害等級1級の場合、給付基礎日額の313日分の年金および特別支給金が給付されます。
遺族補償給付
熱中症により労働者が死亡してしまった場合、遺族に対して「遺族補償年金(または遺族補償一時金)」「遺族特別支給金」および「葬祭料(葬祭給付)」が支給されます。
支給金額は、受給権者である遺族の数に応じて、給付基礎日額の153〜245日分の年金などが支給されます。

熱中症の労災事故で労災保険からは支払われない補償
「熱中症で労災認定されれば、すべての損害が完済される」と考えておられる方も少なくありません。
しかし、労災保険制度は国による「最低限の補償」を目的とした公的保険のため、あらゆる損害が補償されるわけではありません。
特に、精神的苦痛に対する補償である「慰謝料」は労災保険からは一切支給されません。また、「休業損害」や「逸失利益」についても、労災保険から一部給付があるものの、実際の損害全額をカバーしきれないことが多いです。
これらの労災保険の不足分(損害の差額)については、会社側に安全配慮義務違反などの法的責任がある場合、損害賠償を請求することで回収することができます。
安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、使用者が労働者を雇用して働かせる際、「労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働に従事できるよう、必要な配慮をする義務」のことです(労働契約法5条)。
熱中症対策において、会社(事業者)には次のような措置を講じる義務があります。
- 暑さ指数(WBGT値)の測定および把握
- 冷房設備やスポットクーラー、日よけ、休憩所の設置
- 適度な休憩時間の確保と水分・塩分補給の徹底指導
- 体調不良者が発生した際の早期発見、冷却処置、救急要請などの緊急応急体制の整備
もし会社がこれらの義務を怠り、労働者が熱中症を発症・重症化した場合は「安全配慮義務違反(民法415条)」または「使用者責任(民法715条)」に基づき、次のような損害賠償責任を負うことになります。
入通院慰謝料
熱中症により入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する賠償金です。労災保険からは給付されません。会社へ損害賠償請求を行うことで初めて回収できます。
後遺障害慰謝料
熱中症による脳の低酸素症や高次脳機能障害など、完治せずに後遺障害が残ってしまった精神的苦痛に対する賠償金です。労災保険からは給付されません。障害等級(1〜14級)に応じた基準に基づき、会社へ請求します。
休業損害
熱中症の治療で休業した期間の収入減少に対する補償です。
労災保険からは休業補償給付(約60%)および休業特別支給金(約20%)が支給されます。
休業特別支給金(約20%)は会社が支払うべき損害賠償額から控除(差し引き)されないため、労災保険の休業補償給付(約60%)でカバーされない残り約40%分の給与相当額を会社に請求できます。
また、労災の算定基礎に含まれない賞与(ボーナス)の減額・不支給分などは、会社に請求できます。
後遺障害逸失利益
熱中症による後遺障害のために労働能力が低下・喪失し、将来にわたって得られるはずだった減収分の補償です。
労災保険から障害補償年金などが給付される場合でも、実際の損害全額をカバーしきれないことが多いため、差し引き後の不足分(差額)を会社に対して逸失利益として請求します。
会社に対する損害賠償請求の流れ
会社への損害賠償請求を行う場合、どのようなプロセスで手続が進むのか、一般的な流れを解説します。
① 弁護士への法律相談・調査
まずは労働事故・労災事故に詳しい弁護士へ相談します。
熱中症発症当時の気象データ(気温・湿度・WBGT値)、作業場所の環境、休憩や給水体制の有無、会社の安全管理体制、医師の診断書や後遺障害診断書などの資料を分析し、会社に安全配慮義務違反があるかを精査します。
② 会社との示談交渉(任意交渉)
弁護士が労働者の代理人となり、会社に対して損害賠償請求の書面(内容証明郵便など)を送付します。損害額を提示し、話し合いによる示談解決を目指します。
③ 労働審判または裁判(訴訟)の提起
会社側が安全配慮義務違反を一切認めない場合や、提示する賠償金額に大きな隔たりがあり示談が成立しない場合は、裁判所に労働審判や民事訴訟(裁判)を提起します。
裁判では、作業現場での安全対策の有無や、体調悪化時の会社の救護対応の妥当性などが争点となり、話し合いでの決着がつかない場合は裁判所が判決をします。
よくあるご質問
熱中症と労災に関するよくあるご質問にお答えします。
一人親方で熱中症になっても労災申請できる?
一人親方であっても、「労災保険の特別加入制度」に加入していれば労災申請が可能です。
原則として、労災保険は会社に雇われている「労働者」を対象とした制度であるため、個人事業主や一人親方は対象外です。
しかし、建設業や運送業などの一人親方は、業務の実態が労働者に近く、熱中症を含む労働災害のリスクが高いため、国の「特別加入制度」が用意されています。特別加入手続を完了しており、給付対象となる業務・作業中に発症した熱中症であると認められれば、通常の労働者と同様に療養補償給付や休業補償給付を受け取ることができます。
未加入の場合は労災保険の適用を受けることができませんので、事前の加入状況をご確認ください。
寝不足や、体調不良(持病など)があった場合、「自己責任」となってしまう?
直ちに自己責任(労災対象外・損害賠償不可)となるわけではありません。
睡眠不足や持病(高血圧、糖尿病等)は熱中症を発症・重症化しやすくする個人的要因となり得ます。そのため、労働基準監督署や裁判において「個人的要因の寄与度」が検討されることがあります。
しかし、「前日寝不足だったから」「持病があったから」という理由だけで、直ちに労災認定が拒否されたり、会社の責任が全面的に否定されたりするわけではありません。
発症前日の睡眠不足などがあっても、当日の業務環境が高温多湿であり、業務上の負荷が直接の原因(または主たる原因)となって熱中症を発症したと認められる場合には労災が認定されます。
また、会社の安全配慮義務違反が認められる場合、労働者側の睡眠不足や自己管理不足が発症に寄与したとして「過失相殺(素因減額)」の対象となり、賠償額が一部減額される可能性はありますが、会社の責任がゼロ(完全な自己責任)になるとは限りません。
個別の状況により判断が分かれますので、「自分の体調管理にも問題があったから」と諦めずに、まずは弁護士へご相談ください。
まとめ:まずは弁護士へ相談
仕事中や業務に関連して発生した熱中症は、認定基準を満たせば「労災」として国の補償を受けることができます。
しかし、労災保険から給付される補償は治療費や休業補償などの一定範囲に限られており、精神的苦痛に対する「慰謝料」や、将来の「逸失利益」などの一部は含まれておりません。
もし、会社が猛暑下の作業環境で適切な熱中症予防対策(冷房設備・休憩・水分補給指導など)を怠っていた場合や、体調悪化に気づいていたにもかかわらず放置・救護遅延を行った場合、会社に対して安全配慮義務違反に基づく民事上の損害賠償を請求できる可能性があります。
「自分のケースで労災認定されるか不安」「会社に責任を追及できるか知りたい」「提示された示談金の額が適切か判断できない」という方は、早期に労災事故に精通した弁護士へご相談いただくことをおすすめいたします。
よつば総合法律事務所では、労災事故の被害に遭われた方からのご相談をお受けしております。おひとりで悩まず、ぜひ一度お気軽にご相談ください。